ウィークリー瞑想

上沼昌雄(神学博士)のキリスト教神学エッセー

Monday, March 14, 2005

世界一幸せな牧師

メールのやり取りでいつも「世界一幸せな牧師です」と締めくくって下さる牧師がいます。東北のある都市で牧会をしています。いまの教会で15年になるということです。不思議な導きで知り合うことになりました。それ以来交流を深めています。通りすがりのような私のミニストリーを真剣に受け止めてくださっています。不思議なことです。

最初にお会いしたときのことを覚えています。癌の再発予防の検査に行かれた後だったのかも知れません。病気のこと、小さいときの引きこもりや精神的な闘いのことを初対面の私に話してくださいました。初めから心のなかを全部見せてくれました。私は聞いていただけでした。その後の夕食の席で奥様からの愛情のこもった、正直ななりそめの話も伺うことができました。心の食卓に招かれていることが分かりました。

癌の再発の心配がいつもあります。そのなかで言われます、「しかし神は不思議に私に肉体の試練を通して弱さを教え、その試練は連続させた。そしてパウロのあの弱さのうちに現れるキリストの力を教えて下さった。牧師が倒れる時、教会の本質が現れてきます。牧師は神に砕かれる経験を通ることなくしては本当の意味での牧会は無理なのかも知れない。」

「パウロは信仰の晩年に自分を罪人の頭と言っていますが、自分も毎日毎日自分の罪深さが、聖霊によつてか分かりませんが、鋭く示され時々こんな自分が牧師としてやってゆくことはまずいので牧師を辞めようと思うこともあります。しかしそんな自分を見捨てることなく、神は私に豊かな愛を注ぎつつそのイエス様を仰ぎ見ながら歩んでいます。絶えず弱さ、罪深さ、足りなさ、覚えています。」

この牧師は肉体的にも精神的にも自分に頼るものは何もないことをよく分かっています。それだけ信仰が深くなっています。自分に隠すものがないので初対面の私に心を開いて話してくれました。こちらも隠す必要がありません。時々お訪ねするときにも裸の付き合いをいただけます。私の書いたものにその都度思いを伝えてくれます。祈りの課題をそのままお伝えできます。祈っていますと言われるとその祈りの姿を想像できます。

教会の人たちも心からの信頼と交わりをいただいているのだと思います。弱さがそのままさらけ出されているのですが、それだけ御霊の自由をいただいています。教会が愛によって成長しています。交わりの深さと広さが伝わってきます。牧師は御霊の導きと恵みの驚きをいつも感じています。それで締めくくります。「しかし多くの祈りの友、そして多くの信徒の方々、奉仕、背後のお祈りに支えられて歩んでいます。素晴らしい家内、家族、教会の方々、世界一幸せな牧師です。」


多くの牧師は、教会が思い通りに行かないで苦闘し、教会員の問題でつぶされそうになり、周りの教会と比較をして落胆し、霊的に満たされないでもだえています。家族も教会員もそれを感じ取って暗くなっています。「世界一幸せな牧師」と言える牧師は幸いです。そのために通される試練の厳しさを思わされます。「心の貧しい者は幸いです。」

上沼昌雄記

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