ウィークリー瞑想

上沼昌雄(神学博士)のキリスト教神学エッセー

Thursday, March 03, 2005

Life is Difficult

神学モノローグ「Life is Difficult」  2005年3月3日(木)

『平気でうそをつく人たち』という衝撃的な本がある。悪の問題を精神科医として正面から捉えたものである。邪悪さは、罪意識がないのではなくて、罪意識を絶対に認めないで責任転嫁をしてしまうものだと言う。うそはまさにそこから生じると言う。アダム以来の深刻な問題である。この本について何人かの友人とやり取りをした。ひとりの友人が、この本の著者スコット・ペックの最初の本でアメリカで長期にベストセラーになったThe Road Less Traveled(1978)を、そこら中に線を引いて読んだと言われた。関心を持って読んだ。邦訳では『愛と心理療法』として1990年に創元社から出ている。

最初の書き出しが、Life is difficultである。課題があり困難がいつも付きまとうので、人生はまさに難しいと同感した。しかし読んでいくうちに著者の視点がまったく別のところにあることに気づいた。困難があり課題があるから人生が難しいのではなくて、困難や課題の背後にある問題の本質に直面することを本能的に避けてしまうので、人として成長ができないので問題を抱えてしまうので難しいと言う。怠惰、怠慢さが成長を妨げてしまう。副題には「霊的成長Spiritual Growth」が唱えられている。邦訳では「精神的成長」となっている。

問題の本質に直面する、これは難しいことである。しかしそれなしには霊的な成長はない。精神科医としての治療は、患者が問題の本質に向き合うことを助けることであると言う。直面することを長い間避けてきたために疾患を持っている。疾患は直面するための恵みである言う。そして患者が問題に向き合うためには精神科医として自分の問題にしっかりと直面していないと助けることはできないと言う。何と言ってもロマ書7章のパウロの苦闘を思い出す。自分の心の深くに沈み込み、罪の本質に向き合い、そこからバネのように反転してキリストを通して神に向かっている。

問題の本質は多くの場合に無意識の世界に隠されている。意識的に気づいていることは氷山の一角に過ぎない。隠された問題の本質に向き合うために、いままでの人生を振り返えらなければならない。自分の生まれ育った家庭、家族の絆を直視しなければならない。みたくない自分をみなければならない。

ナルシズムの傾向のある心から外の世界に出ていかなければならない。必ずしも良い世界でない現実に向き合わなければならない。まさに安易なことではない。避けたいことである。しかし避けないで通らなければならない道である。タイトルのThe Road Less Traveledとは、「人が余り辿らない道」という意味である。

この難しい道を何とか辿ることを可能にしてくれるのは、ただ愛であると言う。精神科医としての患者への愛である。患者が自分の世界から現実の世界に出ていくことを最後まで助ける愛である。

そのために精神科医としても自分の世界を出ていく愛である。親が、子どもが自分の世界から現実の世界に向き合い、成長するのを助ける愛である。親も自分の子どもを突き放していく愛である。それは紛れもなく、父なる神が御子であるキリストをこの世に送り出した愛であり、キリスト自身がご自分を十字架に差し出した愛である。

自分の世界を出て、人の霊的成長を助ける、それはとりもなおさず自分自身の霊的成長であると言う。
それを支えるのが愛であり、その愛の道で起こることは恵みである。最後の章をGrace
でまとめている。恵みは思いがけないことである。霊的成長を神が望んでいることなので、恵みはそのために思いもよらないところから届いてくる。そのために心を空けておかなければならない。勇気にいることである。しかし愛が後押しをしてくれる。

 この本はベストセラーになるのに数年かかった。そして10年それが続いた。物質的には豊かでも自分のことしか考えられないナルシズムの傾向の強いアメリカ人の心に届いた。しかしどれだけの人がこの「人が余り辿らない道」を勇気を持って辿っているかは分からない。怠惰な道に流れてしまう。問題が出てくるとただそれが無くなることだけを願ってしまう自分の心を知っている。霊的成長の後退が自分のなかにある。それをうち破っていくこと、それこそ難しい人生の課題である。

上沼昌雄記

【SBJCFに戻る】


2004年までのアーカイブを読む

0 Comments:

Post a Comment

<< Home